「自分の好きな事をしたいから、少し遅くなったけど仕事を辞めて自分の夢を叶えようと思う」
午前10時、息子から短い電話で告げられた。
勇気が必要だったのだろう、最初に生唾をのみ込む音が私の耳にしっかりと届いた。応援したいという心と突然の発言に動揺を隠しきれない心を落ち着かせようと、私の足は、地元の自家焙煎珈琲の珈琲店に向かっていた。
「アルバート自家焙煎珈琲工房」ここが私の落ち着ける居場所なのだ。同時に、息子が叶えたいと言った夢でもある。
店内に入ると、身体を包み込む珈琲焙煎の匂いと、品揃えのいい珈琲豆が目にはいる。昔ながらのここの商店街の静けさは、少し寂れた私の心に平穏と落ち着きを取り戻してくれる。店主の淹れてくれるダブル焙煎された珈琲をのみ、私は思わず、午前のうちにあったあの電話の事をポツリと彼に打ち明けると、彼は緩りと口を綻ばせ、口を開いた。
「美味しい珈琲の淹れ方なら、いつでも教えてあげるし、珈琲の事ならアドバイスできるから。よく珈琲店のことを教えてほしいという方もいるからね。珈琲豆だって、卸せるし」
夢、叶えられるといいですね。
小さくそう呟いてくれる声に、なんだか安心するのだ。そうだ、前に踏み出そうとする勇気に対して、私はなにをこんなにも不安になっていたのだろうか。こうした強い味方もいるのに。
一度きりの人生を自分の好きなことに使うのは、年齢も経験も関係ないことなのだろう。私の息子にも、この安らぎの珈琲時間を提供できる、そんな人になってほしい。
彼の未来を楽しく想像しながら、私はまた一息つき、珈琲を口に運んだ。
アルバート焙煎工房
海老名市国分寺台2-12-1 ☎046-292-2224
[営]9:30〜18:30
[休]日曜